2017年07月24日

木の家スクール名古屋2017 第2回:7月1日(土)①

第2回 パッシブデザインと都市環境の再生 ~建築のプロは都市環境を再生することができるのか~

講師 甲斐哲郎 氏(関東学院大学・客員教授、株式会社チームネット・代表取締役)

 

環境と共生する住まいと町づくりのプロデュースを手掛ける、株式会社チームネット代表の甲斐徹郎さんの講義をお聴きしました。

甲斐さんはマーケティングの仕事に長く携わって来られた後、「どうすれば皆が本当の幸せな暮らしを手に入れることができるのか」という課題に取り組むべく、コンサルティング会社を立ち上げられました。

今回の講義のテーマは『パッシブデザインと都市環境の再生』です。

それではまずはじめに、「パッシブデザイン」とは何か・・・?

私のこれまでの理解は、“エアコンなどの機械を使わずに、太陽光や風といった自然エネルギーを受動的に利用することで、暑いとか寒いと感じる体感を制御し、快適な住まいをつくる手法のこと”というものでした。しかし今日の甲斐さんのお話では、そんな技術論的なことだけではなく、コミュニティーや町づくりにも繋がる手法としての、広義のパッシブデザインについての理解を広めることができました。

 

『パッシブデザインとコミュニティー』

そもそも「コミュニティー」とは何なのか? それは必要なものなのか?

お金を払えば何でも簡単に手に入る現代にあって、人と関わりを持たずとも暮らしていくことはできる。この便利な時代に、むしろコミュニティーは煩わしいものと感じてしまう・・・!?

しかし、そこには『満たされない幸福感』が・・・。

「やっぱり一人ぼっちはいやだ!」となる。何故か?

人は「自分」と「その外側」との関わりの中でこそ『自己肯定感』を得ることができる。“自分は大切で価値のある存在である”と実感できることこそが幸せの原点であり、その為にはコミュニティーの存在が不可欠。なのでもう一度コミュニティーを活かすことが、しあわせな暮らしの環境を構築する為にはとても重要で、その為にはパッシブデザインが有効な手段となる。と、甲斐さんは話します。

 

『コミュニティー ベネフィット』

では、どうすれば煩わしさを意識させないコミュニティーを構築することができるのか。そこで甲斐さんが考え至ったのが「コミュニティー ベネフィット」という手法。ご自身の造語だそうです。それは、コミュニティーづくりを目的とするのではなく、コミュニティーを手段とすることで、個人単位では実現させることのできない大きな価値を実現させるというもの。

その事例として紹介されたのが、2003年に東京世田谷区で竣工した『欅ハウス』の、プロジェクトの進め方や完成後の暮らしの様子です。

個人では維持できなくなった樹齢250年の欅の巨木。それに価値を見いだして集まった15組の家族が、幾度もの話し合いを持ちながらつくったシェアハウスです。このプロジェクトの目的は、“一人一人が欅の巨木がある景観を享受できる住まいを造る”というものであって、“皆で仲の良いコミュニティーをつくろう”というものではありません。ここに参加する為の心構えは「頑張って仲良くなろうと思わないこと」。そして「自分の為になると思えることであれば協力する」というもの。完成したシェアハウスでの生活は、それぞれ自分の暮らしの環境を良くするということが第一義。その為には庭を整備し、進んで落ち葉の清掃もする。しかし、そのことによって、同時にコモンの環境も良くなり、更に自分たちの暮らしのレベルが上がるので、必然的に協力関係が構築されていく。結果として、それぞれが存在を認める関係性ができてコミュニティーが育まれる。そこには、安定した「自己肯定感」を得て幸せを感じる暮らしが実現する。要するに、仲良く暮らせるコミュニティーをつくろうと頑張るのではなく、『欅の木』という共通の価値を中心に据えて、それぞれが快適を追求することが、延いては良好なコミュニティーを育むという結果を導くことになる。

コモンの良好な環境が個人の熱環境を良くし、さらに、そこで育まれるコミュニティーが幸せな暮らしをもたらす。これこそがまさに『パッシブデザイン』なのです。

 

『パッシブデザインと不動産価値』

パッシブデザインの手法を取り入れて町づくりを考える。

例えば南北の風通しを意識したプランニングにより、裏側にも大きく開口を設けることで、北に背を向けて閉鎖する建物ではなく、前後の関係性が生まれる。建物の南と北の緑が繋がることで風が流れ、景観も豊かになって、季節の移ろいを楽しむことができる町並みとなる。

“自然環境の恵みを享受することができる”といった質の高い暮らしへの期待感は、「自分達の人生の幸せへの投資」という強力な動機付けとなる。

パッシブな手法による家づくりは、家の中だけで自己完結する視点ではなく、周りの環境との関係性から導きだそうとするアプローチであり、まち全体にも魅力が増すことにつながる。パッシブデザインによれば、その町の不動産価値を大幅に上げることができる。

 

『自己組織化』

最後に、甲斐さんはこんな言葉を投げかけます。

“建築に携わる我々には、都市環境を再生することができるのだろうか?

・・・・いやいや、すごく変えられるんですよ!”

そこで説明されたのが『自己組織化』という原理について。それは『個と個との間に働く関係性によって、自発的に秩序だった全体がつくり出される現象』のこと。

例えば、沖縄のある集落では、海から吹き付ける強い風から家を守る工夫として、一軒一軒家の周りに木を植えることが連鎖して村全体に広がっていき、やがて一体が安全で快適に住める環境がつくりあげられていった。

たとえ自分のやっている一つ一つがちっぽけなことであっても、それが「パッシブ」であれば、連鎖して広がって全体が変わっていく可能性は大きい。

振り返って見てみると、昔ながらの暮らしはパッシブデザインで有るということが分かってくる。パッシブの基本は“関係のデザイン”であり、関係性というものを見いだしてつくっていくということ。その考え方に皆が連鎖して、あるレベルに達した時、街全体は大きく変わっていくに違い有りません。

“パッシブデザインとは、技術論ではなく、これまでに述べたように思想的なもの。こういった観点で『パッシブ』を捉えることで、建築に携わる我々の役割も再発見できるのではないでしょうか・・・!”

という言葉を最後に、大変内容の濃い講義が締めくくられました。

(文:丹羽)