2015年10月26日

木の家スクール名古屋2015 第3回:7月11日(土) 第2部

土から生まれる空間とその可能性

講師:森田 一弥 氏(森田一弥建築設計事務所 代表)

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今回の講師の森田一弥氏は京都大学大学院卒業後、左官職人としてキャリアをスタートさせ、後に建築設計事務所を設立、バルセロナ留学を経て現在に至ります。講義では、左官技術の可能性と氏のチャレンジについて話して頂きました。

 

まず、左官職人となったのは偶然だと話されました。氏は学生の頃、大学では建築をいつも外側から見ているように感じられ、このまま設計等の職に就くと、仕事が表面的になりはしないかと考えるようになりました。そして、物を作る現場で働き、つくる立場の人間として建築を理解したいと思った時、知人から紹介されたのが左官屋さんだったそうです。

 

左官職人時代は、文化財修復の仕事が多く、土をこね、藁を混ぜ、日々素材と向き合って格闘されました。文化財の仕事は基本的に傷んだ部分の解体・修復の為、建物の脆弱部分が良く理解でき、この経験は後に、町屋修復の仕事を請け負った際、大変生かされたそうです。

 

現場で汗を流しながら働く中、気づかれた事がありました。

学生時代の旅の中で見た、チベットの女性が道端で行っていた作業が、自身が土なじみを良くするために藁を叩いて柔らかくする作業と同じでだと気づき、京都の伝統的な工法として習得した技術も、根源的にはインターナショナルな技術ではないだろうかと考えるようになられました。

またモロッコで見た、丸みのある石を使って漆喰を磨く技術から、石の鏝ならどんな曲面にも対応できる事に気づき、左官鏝の起源は石ではないかと考えるようになられました。

日本の左官技術は基本的に木造建築物に対し、薄く、軽く塗ることが目標です。平らな壁を塗ることに特化しているので、曲面を仕上げることは苦手です。西欧の漆喰壁は、厚く塗って構造体としての機能を持たせた上で、表面を削って装飾を施します。それぞれ個性はありますが、モロッコで見た根源的な技術から、そもそもは似たものから発生したのではと考えるに至られました。

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更に修行を重ねた後、文化財の仕事では、左官技術が本来持っている可能性を生かす場が少ないと思うようになられました。文化財修復では、鎌倉期の建物は鎌倉期の技術、江戸期の建物は江戸期の技術で行うからです。これでは、今では手に入りにくい材料を使い、今となってはやりにくい工法で施工する事になるからです。

そして、これまで学んだ左官の技術を現代の建築で生かしたいと思うようになり、独立を決意されました。

独立されてからは、まず、左官で何が出来るのかを考えられました。そして、壁のテクスチャー表現だけにとどまるのでなく、それ自身が構造として自立できないかと思いました。そこから生まれたのが、「Concrete-pod」です。この作品は厚みわずか15㎜のドームです。

この作品の経験から氏はドーム工法について調べられ、スペインのカタラン・ボールトという技術に着目されます。これは、ガウディ建築にも用いられている、型枠を用いずに薄いレンガを石膏で固めていく工法です。現在はこの工法を使用して、「Brick Pod」や「Shelter in Bngladesh」など、色々な試みを行われています。

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そして、ドーム工法を研究する中、スペインへ渡られました。留学の中で、古い建物を改修して使い続けることの意味、そして建築における時間の表現について考えられました。講義ではあるスペインの公共建築のリノベーションを例に挙げ、たとえ合理的でなくても、古いものを残して建物を新しくする事は、scrap&buildでは表現できない物をその場にもたらし、建物、素材・形式・行程・工法、それぞれが経てきた時間をその空間に留める事を、多次元的時間遠近法という言葉を用いて説明されました。

日本の建築においても、例えば、荒壁から上塗りまで何層にも重なるテクスチャーのレイヤーをもつ日本の土壁は、水平方向に積み重ねられた「時間」と言えるのではないか、という事です。

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森田氏が手掛けられた「御所西の町家」の土間では、大津壁で仕上げられた既存の古い壁と新しく塗った荒壁が対面しています。興味深い事は、荒壁はものとしては新しいけれど工法としては原始的な壁である為、とどちらが古い壁なのか、すぐには区別がつかない事です。そして荒壁という工法は、この町家よりもずっと古い歴史を持っていいます。

左官技術は原始的な技術であるが為、古い素材を用いて新しい技術で施工したり、新しい素材を用いて古い技術で施工したり、様々な選択が可能です。氏は、建物に潜む時間を表現するために、何を残して、何を新しくするのか、建物を通して建物を造った人々と対話をしながら考えるそうです。

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これからも森田氏のチャレンジに期待したいと思います。

(文:田中寛子)