構法・歴史部会
部会詳細

構法・歴史部会の方針

1. はじめに

幕末・明治初期以来、わが国の建築学が近代化していく中で、木造建築については耐震化が最も重視された。今日では考えられないことであるが、明治40年に解体修理を終えた唐招提寺講堂でも、奈良時代の小屋組材を捨て、洋風のキングポストトラスに変更してしまったほどである。

濃尾震災の翌明治25年6月に設置された震災予防調査会が、明治27年の山形県酒田地方震災の復興家屋構造の指針として「木造耐震家屋構造要領」を発表し、さらにそれより早く明治25〜 26年に伊藤為吉が『建築雑誌』に発表した論文においても、従来の日本家屋構造の欠陥として、①屋根重量の過大なること、②柱が孤立していること、③ほぞ穴等継手仕口の部材の切り欠きが多いこと、④貫や楔による固定が一時的であることなどをあげ、筋違や土台の設置の必要性、木造各部の固定金物の考案とその使用法などを説いている。そして、これらの木構造改良手法に理論的裏付けをし、指針としてまとめたのが佐野利器の『家屋耐震構造論』(大正5年刊) で、木造家屋の章には「土台ハ柱脚ヲ連結スルニ最モ有効ナリ(中略) 土台ハ側石上端ニ太枘又ハボルトニ依テ固定セラルベシ」、「柱ハ凡テ枘立トナスベク土台トノ接合ニハ鍄、筋違ボルト又ハ其他ノ鉄物ヲ用フベシ」などと記されている( 日本建築学会編『近代日本建築学発達史』丸善 昭和47年刊参照)。

また、昭和9年に刊行された『高等建築学8』所収の「木構造」には、「土台は植込ボールト類を持って基礎に締付ける事を原則とする。但し之には反対の説もあるようであるが、ここで論ず可き範囲ではあるまい」と記されている。

一方、同書の「社寺建築」には、「礎石との連絡にボルト等を以て地面に緊結する事の可否に就ては、関東大震災以後数度の災害の実例によって見れば、旧法の如く礎石に乗せたのみの柱は建物が容易に移動して歩くが、建物自体の損失は少い(此の事は各部材の大きい事も重要な原因である)。然るに地面にボルト等で緊結したものは建物は歩かないが、頭部が揺れ捩れて柱を割り貫を損じて、建物自体の破損は大きいようである。」と記されており、部材の大きい社寺建築に限っての話としながらも、柱を礎石に緊結しない構法の有効性も説かれている。

いずれにしても、その後のわが国の木造建築は、耐震性を高めるために、土台および柱足元を基礎に緊結し、それに合わせて接合部には、より強度の高い継手仕口や金物を用い、継手仕口による部材欠損部を補うために部材断面寸法を大きくしてきたといえる。

これは建築構造学の発達にともなって、木造建築の耐震性能向上のために採用された考え方に違いないが、柱を礎石に緊結しない構法を、科学的に十分検証した上での結果とはいいがたい。

今回の新委員会の目的は、石場建てを含む伝統構法のすぐれた変形性能を構造力学的に解明することある。そのためには明治期以降に近代化された木造在来工法を用いるのではなく、また初めから伝統技術を用いた新工法の提案をするのでもなく、明治期以前の伝統構法、そして住宅を主対象とするのであれば江戸時代以後、すなわち江戸時代から明治期にかけて用いられていた伝統構法を用いて、その性能検証実験を行う必要がある。

このような考えに基づいて、構法歴史部会では、まず江戸時代から明治期にかけて著述刊行された古典建築書や、実際の建物の事例として文化財遺構の修理工事報告書を調べることによって、本来の伝統構法を明らかにしたいと考えている。

2.古典建築書に見る伝統構法

室町時代末から明治初期にいたるわが国の建築界においては、具体的な特定建築造営のみを目的とした設計図・仕様書とは別に、いわば建築学の教科書としての一般性を備えた建築書が多数著わされた。その総数は、600本以上にもおよぶが、その内容は、社寺建築等のプロポーション論である「木割」、細部意匠に関する「絵様」、規矩術、構法など多岐にわたる。このうち構法に関する「構法雛形」は約80 本、さらにその中で継手仕口に関するものは25 本確認されている。この構法雛形に関する研究として、『日本建築古典叢書8 近世建築書-構法雛形』( 若山滋・麓和善編著 大龍堂書店 1993年刊) があり、継手仕口雛形全25 本に記載された継手仕口は105種類にまとめられることや、部位・部材別に用いられる継手仕口の種類、継手仕口の変化・発展過程等が明らかにされている

3.文化財遺構に見る伝統構法

現在国指定の重要文化財は4300 棟余りにおよび、そのうち住宅建築は、寺社の書院や客殿、町屋、農家、洋館等を含めて1100 棟余りである。これらの重要文化財の多くは、すでに修理工事が行われており、工事完了後には、工事内容や、工事中のさまざまな調査内容をまとめた修理工事報告書が刊行されている。町屋と農家に限っても、その総数は400本以上におよぶ。

修理工事報告書には、構法・仕様に関する記載も詳しく、架構法や継手仕口のアイソメトリック図を挿図として掲載しているものも少なくない。

4.構法歴史部会の検討項目

木造建築の近代化の中で、科学的に十分な検証がないままに、適切な評価を受けなくなってきたともいえる伝統構法を、改めて正しく評価し、今後の設計法に生かしていくために、構法歴史部会では、江戸から明治期までの文献史料や文化財遺構の修理工事報告書等をもとに、次の事項を検討したいと考えている。

  1. 伝統構法の調査報告書、修理工事報告書を収集し、構法の整理・分類をするとともに、構法の地域性や歴史的変遷を明らかにする。
  2. 伝統構法の構法仕様(継手・仕口仕様、軸組仕様、土壁・板壁仕様、床組仕様、基礎・柱脚仕様、軒廻り仕様、小屋組仕様、造作仕様など)を把握し、構造的特性を明らかにする。主要な構法仕様については、要素実験等を実施して設計用データベースを作成する。
  3. 伝統構法の構法仕様は、軸組の施工方法と密接な関連があり、この関連性を明らかにして、伝統構法の設計法に生かすとともに、実務者、特に設計者に周知する。
  4. 永年にわたって培われ、改良されてきた構法の背景( 大工道具の発達と木材加工法および継手・仕口の発達の関係など) を明らかにし、現在採用している構法の理由を整理する。
  5. 伝統構法の技術的な背景と歴史的な変遷をまとめ、伝統構法を広く一般に広報する。