検討委員会の概要
検討委員会の方針(詳細)

検討委員会の方針

1. はじめに

我が国の伝統構法木造建築物は、気候・風土等に適応して地域特有の多様な構法として発展し、地域の木造文化とともに地域特有のまちなみを形成してきた歴史を有し、優れた木の建築文化として伝承されてきている。現在も社寺建築物のみならず民家として、多くのまちや村で数多く現存している。また、伝統構法の木造住宅を建てたい、住みたいのニーズは高まってきている。

在来工法や枠組壁工法などは、建築基準法のもとに構造設計法が確立しているが、一方、伝統構法は、建築基準法において明確な規定なく、不条理なままになっていた。2000年の建築基準法の改正で導入された限界耐力計算は仕様規定によらなくても良い耐震性能の検証法として位置づけられ、限界耐力計算による耐震設計のもとに、伝統構法の建築物も建築基準法の枠組みのなかで建てられるようになった。しかし、2007年6月に建築基準法改正では建築確認・検査が厳格化され、限界耐力計算によるものは、規模に係わらず構造計算適合性判定などが必要とされるようになり、以後、伝統構法の建物では、確認申請の受付や工事の着工が著しく減少し、伝統構法は危機的状況に置かれている。

伝統構法の危機的状況を打開する方策を検討し、伝統構法の構造設計において残された多くの課題を解明するとともに、伝統構法の良さを生かした、伝統構法にふさわしい構造設計法の開発が急務である。また、設計者、大工職人など実務者が実践的に使えるように、技術的のみならず法的な整備が必要である。

2. 検討委員会の目的

伝統構法あるいは伝統的構法(以後、伝統構法)の木造建築物の設計法を確立するために、国土交通省の事業として「伝統的構法の設計法作成及び性能検証実験」検討委員会が平成20年度に設けられ、伝統構法の設計法に関する検討と実大振動台実験とともに、構法分類に関する調査、木材に関する実験等による検討がなされてきた。伝統構法の設計には、多くの地域で採用されている石場立て構法での柱脚の滑りや移動、床構面など水平構面の変形、複雑な継ぎ手・仕口の仕様などが地震時の挙動や耐震性能に及ぼす影響など構造力学的に未解明な課題が残されている。実験、解析による科学的な検証によってこれらの課題を解明するとともに、大地震にも構造安全性を確保できる伝統構法の設計法を探ることが、平成22年度から新体制でスタートする本検討委員会の大きな使命とも言える。

これまでの調査、実験などの検討結果を踏まえ、本検討委員会では、石場建て構法を含む伝統構法の実大振動台実験などを実施して構造力学的な解明を行うとともに伝統構法木造建築物の設計法について検討を行い、実務者が実践的に使える設計法の作成を目指す。また、危機的状況に置かれている伝統構法の状況を踏まえた当面の課題についても早急に検討を行うことを目的としている。

3. 検討委員会の構成と活動方針

検討委員会のもとに、事務局、幹事会および部会を設ける。部会として、設計法部会、実験検証部会、構法・歴史部会、材料部会の4つを設置する。また、各部会では必要に応じて作業部会(WG)を設置する。

事務局は、NPO 法人緑の列島ネットワーク(補助事業者)を主に構成する。検討委員会の議事録など議事内容については、原則として事務局のホームページ等において公開する。実験検証部会等で実施する実験については原則として公開で行うとともに、フォーラムやシンポジウムなどを開催し、事業の成果等を情報発信するとともに広く意見交換を行う。平成22 年度実施予定のE - ディフェンス振動台実験は、主要な事業であり、公開で実験する。

4. 実施計画

1 伝統構法の危機的状況を打開

現在、伝統構法の建物では確認申請の受付や工事の着 工が著しく減少し、伝統構法は危機的状況に置かれて いる。このような状況を踏まえて、確認申請・構造計 算適合性判定の円滑化のための設計マニュアルの技術 的検討等、当面の課題についても早急に検討を行う。

2 石場建て構法を含め、実務者が使いやすい伝統構 法の設計法の構築

●伝統構法の構造力学的な解明のもとに
伝統構法には、木組みによる継ぎ手・仕口接合部のメ カニズムと性能、壁土の特性や小舞下地の仕様などに よる土塗り壁の耐震性能、礎石建て(石場建て)の柱 脚の滑りや移動や床構面などの水平構面の変形などが 地震時の建物の揺れや安全性に及ぼす影響などは良く 分かっていないので、実験的、解析的に明らかにする。

●伝統構法の良さを生かして
伝統構法は、地域性が豊かで優れた意匠性を有するのみならず、構造力学的には大きな変形性能を有する特徴がある。このような伝統構法の良さを生かした設計法を構築する。

●現行の建築基準法に囚われない自由度の高い設計法
建築基準法、特に施行令第3章第3節の木造の規定は概ね在来工法に対する仕様規定であり、伝統構法には適していない。従って、これらの規定には囚われることなく、壁要素のみならず柱-横架材による軸組要素も加え、自由度の高い、合理的な構造設計法を構築する。

●設計のクライテリアと実験的検証
大地震で伝統構法の建物が崩壊しないための条件をどう設定すればよいか、建物各部の損傷はどこまで許容できるか、石場建て構法で柱脚が移動しない設計は可能か、など伝統構法の設計クライテリアを検討し、実大振動台実験を実施して耐震性能を検証する。

●木材の要求性能と実験的検証
伝統構法では、製材(無垢材)が主に使われ、節等の欠点も含まれる。また、木材の乾燥方法では、現在、高温乾燥が主流となっているが、伝統構法では天然乾燥が向いていると言われている。伝統構法に使用される木材の欠点、乾燥方法などについて調査し、実験的に検証する。

●伝統構法の耐久性と長期寿命化
伝統構法は、長期寿命の実績を有する唯一の構法である。さらなる長期寿命化を実現するために、腐朽・蟻害など耐久性能の向上とともに総合的な維持管理法を開発する。

●設計に必要なデータベースの構築と公開
伝統構法に特有の継手・仕口接合部や土塗り壁など構法仕様の地域性を考慮して実験的、解析的に検討し、伝統構法の設計に必要な構造要素の復元力特性などのデータベースを作成し公開する。

以上から、実務者が使いやすい伝統構法の設計法を作 成し、伝統構法にかかわる実務者、行政担当者などへ の普及を図る。

3 E - ディフェンス実大振動台実験

伝統構法の構造力学的な解明とともに大地震時の挙動 を明らかにするために、石場建て構法を含む伝統構法 木住宅の実大試験体を製作して振動台加振実験を実施 する。これにより、伝統構法の設計クライテリアと耐 震性能を検討し、設計法に役立てる。

以下に実験の目的と課題について概要を示す。

[1] 伝統構法の構造力学的に課題である石場建ての柱脚の移動が建物の応答や耐震性能に及ぼす影響について検討を行う。
◆柱脚の仕様が建物の振動性状および安全性にどのよ うな影響を与えるか
◆動的摩擦係数と滑り量の検証

[2] 解析法や設計法の妥当性を検証する。特に水平構面の変形や偏心による応答への影響をどのように評価し得るかを検討する。
◆水平構面の変形と鉛直構面の偏心が建物の挙動にど のような影響を与えるか
◆ 1 階と2階の耐力バランスによって建物の挙動に どのような影響を与えるか

[3] 伝統構法の設計のクライテリアについて検討する。
◆柱脚が移動しない設計は可能か
◆建物が崩壊しないための条件をどう設定すればよい か(安全限界)を検証する

上記の目的を踏まえて、先ず、平屋建て実大試験体を用いて、伝統構法で未解明な石場建て(礎石建て)構法の柱脚の移動に注目し、柱脚の滑りの発生条件、滑り量について検証を行い、柱脚と礎石との摩擦、上部建物の耐力、入力地震動レベルとの関係を明らかにする。次に、石場建て( 柱脚フリー) と柱脚固定の2階建て試験体2棟により、限界耐力計算など解析的に課題となっている水平構面の変形や捻り振動による変形などの解明とともに柱脚仕様による大地震時の挙動への影響を検証する。

本実験は、独立行政法人防災科学技術研究所と共同で、同研究所の兵庫耐震工学研究センターの実大三次元震動破壊実験施設(E - ディフェンス)を利用して、2011 年1 月に実施予定である。今回の実験では、伝統構法の設計法を構築することを目的とした試験体であり、実際に建設されるような伝統構法の建物を対象とした実験については、来年度以降に実施予定である。

5. おわりに

伝統構法は、地域性が豊かで優れた意匠性を有し、日本が世界に誇る木の建築文化であり、また建設時のエネルギー消費が極めて少なく、木材そのものが再生産可能な生物資源であるなど環境共生に適しているという特質を有している。資源循環型社会、ストック型社会へと移行していくことが求められている今、地域らしさや環境面で優位性をもつ伝統構法は、未来につなげていくべき価値が秘められている。

大工棟梁の永年の技や知恵が盛り込められた伝統構法は、科学的な解明が進めば、これまで捉えきれなかった先人の知恵と技法に現代科学が加わり、先端の技術になり得る。また、木造建築物の長寿命化,良質化を図る技術としても優れており、伝統構法が最先端の技術になり得ると確信している。

このような伝統構法の良さを生かし、伝統構法にふさわしい設計法をつくり、伝統構法を未来につなげるために、検討委員会では、多くの方々の知力と行動力を結集して取り組みますので、ご協力をよろしくお願い申し上げます。